ののののんびり日記




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あっちゃん :: 2011/06/19(Sun)

あっちゃんは、私が看護師になって一番最初に勤めたところにいた婦長さんです。

背筋をピンと伸ばして凛としていて、化粧をしていない黒い顔なのに白い白衣が似合ってる人でした。
多くを語らなくっても後ろ姿を見せて、私たちスタッフに看護を問うている感じの人でした。
とっても厳しい人だったけど、こんな看護がしたいっていうのを明確に持っていて、自分から率先して動くから私たちスタッフも婦長がそこまで動くんだからもっとやらなきゃって思ってました。
失敗してベソかいてると休憩室で頭ごなしに怒るでもなく、でも十分に反省出来るように指導してくれました。
遊ぶことが大好きで、夏は登山冬はスキーに毎月行く人だったから、私たちの休みの希望もめっちゃ聞いてくれました。
「いっぱいあそんでリフレッシュして、そしてまたここ(病棟)にいい看護をも持ってきなさい。」って言う人でした。とっても大好きな人でした。

バイクで北海道を周りたいっていう理由で病院を辞めて、北海道で羅臼岳に登ったのをきっかけに山登りがしたいと婦長に連絡をして山に連れて行ってもらいました。
槍ヶ岳に白馬岳、剣岳・・・いろんな山に連れて行ってもらいました。
飲みにも行きました。
山や飲み屋で婦長さんて呼ぶと「私はもうあんたの婦長じゃないんだから婦長って呼ばないで。」って言って、あっちゃんって呼ばせていた。(苦笑)
うちのジサマと婦長と二人でスキーに行ったり、私抜きで婦長の病棟の看護師さんと一緒の山登りやスキーの集まりにジサマも行ったりして、ジサマも婦長のことをあっちゃんって呼んで慕っていた。
いっつもたわいのない話ばかりで仕事の話なんてしないのに、新しい病院で看護ってなんなんってちょっぴり悩んでいることを山を下りながら膝が痛いよーって言いながらちょっと話しただけなのに、「あけみちゃんが迷ってる答えはここにあるかもよ。」ってナイチンゲール看護論っていう研修を教えてくれて、改めて看護ってなんだ?っていう答えを導いてくれた。
本当に大好きな人だった。

5年ほど前に突然病院辞めて小倉に引っ越すって言われて、飲みに行ったときに理由を聞いても教えてくれなっかった。
それから少し経って、同期や先輩たちで久しぶりの飲み会をした時に師長さんが乳がんで手術をしたこと、リンパ節に転移してて抗がん剤治療をしてたこと、そして病院を辞めたことを聞いた。
年に1,2回は逢っていたのになんにも知らなかった私はめっちゃショックだった。
「あけみちゃんに言ったらあけみちゃんのお父さんたちも心配するでしょう」ってメールが返ってきた。
確かに私の両親もこの師長さんのことが大好きで、私が辞めたあとなのに大阪に出てきたら師長に逢いに行っていたし、婦長さんが鹿児島に遊びに来てくれた時にも空港まで送って行って泣いていた父親ではあったけどさぁ・・。
それからは鹿児島に帰りには小倉によってお昼を一緒に食べたりしていた。
同期と一緒に7人で嬉野温泉や金毘羅温泉にも旅行に行った。
去年のお正月休みで帰った時に小倉で逢ったけど、その後元々出身の山口県の秋吉台の近くに引っ越しされた。
それまで抗がん剤や放射線治療・温熱療法などをしていたけど、「もうあがくのはやめた」って言っていた。
メールは時々してたけど、春前くらいから麻薬を使いだしてたからだいぶ悪そうだなって思っていたのに、なかなか逢いに行けなかった。

3月の末に一緒に暮らしてるご兄弟とかと鹿児島に行ったらしくて、うちの家にも寄ってくれたみいたいで「今指宿だよー」ってメールが来て誘ってほしかったよーなーんて電話で話して、今度休みもらったら遊びに行くねって言っていたのに・・・。

先週の土曜日の早朝にあっちゃんが亡くなったって連絡をもらった。
同期や先輩に連絡をすると逢いに行きたいって言ってくれた。
日曜日休みだった5人であっちゃんに逢いに行った。
お通夜は日曜日の19時からということだったから、お通夜に参加したら帰りが夜中になっちゃうしってことでお通夜の前に逢わせてもらった。
あっちゃんはとっても幸せそうな顔で寝てるみたいだった。
往復1100キロ、日帰りの強行だったけど逢いに行ってよかった。

翌日あっちゃんから転居届けが届きました。
IMG_3658_convert_20110614223718.jpg
本当に天国でも自由に楽しく生きているんだろうなぁ。


あっちゃんに出逢えたこと、あっちゃんと一緒に働けたこと、私の宝物です。
ただ、もっと逢っておくんだったなってちょっとだけ後悔しています。

この長いダラダラした文章を読んでくれた方々、逢いたい人には何度でも逢っておいてくださいね。
人だけじゃなくって、犬やネコなどどんな生き物でも一緒ですよね。
行きたいところには行っておかなくっちゃ、逢いたい人には逢っておかなくっちゃ、やりたいことはやっておかなくっちゃ!!
仕事で終末期の患者さんたちに出逢いながらいつも感じてたことだったのに、今回なんでもっと逢いに行かなかったんだろうって後悔してる私がいます。
あっちゃん・・・今とっても逢いたいです。
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  1. のの
  2. | trackback:0
  3. | comment:3
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comment

ののさん、心配していました
どうしちゃったのかなぁって・・・

そしたら、すばらしい先輩看護師さんとのお別れがあったのね

あっちゃんの「転居のお知らせ」、すごい・・・
ご本人がちゃんと用意されていたのね

「自分の思う様に生きることが出来たし、楽しく満足な一生でした」って

私たちも、そういう人生でありたいね

「死」は、いつも、いろいろなことを私たちに伝え、気付かせ、教えてくれますね

すばらしいあっちゃんに出会えて、ののさん、ほんとに良かったねぇ


  1. 2011/06/20(Mon) 00:44:28 |
  2. URL |
  3. プー&ジジママ #XvJ68fHQ
  4. [ 編集 ]

私も2年前 一番の親友を大腸がんで亡くしました。
病状を気にしたり 忙しいのを理由に無理して
会わずにいて…亡くなった今、もっと深く
話せていたらと後悔しています。

『思い通り自由に生きる事ができた…』
あっちゃんは充実した人生を送られたのですね。
私もそういう様な人生を送りたいものです。

あっちゃんのご冥福をお祈り申し上げます
  1. 2011/06/20(Mon) 11:04:35 |
  2. URL |
  3. mikiko(もな母) #yl2HcnkM
  4. [ 編集 ]

プー&ジジママさんへ

こんにちは
毎度のことながら遅いレス・・・ごめんなさい。
あっちゃんとの別れは、本当に淋しいです。
まだまだいっぱい一緒に遊びたかったし、いっぱい教えてもらいたいことがありました。
あっちゃんの背中からもっといろんな事を感じとれたら良かったのになぁって思ってます。
あっちゃんのような生き方を私もしたいなって思ってます。
転居届け・・・すごいでしょ!
2011年っていうところまで印刷されているのを見て、あっちゃんのことを大好きだったうちの主人は「今年って覚悟してたんやな」ってポツリと言ってました。
今は2人してちょっぴり後悔の中にいますが、あっちゃんはそんな私たちのことを笑い飛ばしそうです。
あっちゃんが教えてくれたことを大切にこれから毎日大切に生きていかなきゃね。


Mikiko(もな母)さんへ

こんにちは
遅いレスごめんなさい。
もな母さんも親友を亡くされたんですね。
病状を気にして・・・っていうの、よくわかります。
私も4月には何度もメールしてたけど、少しずつ病状が悪くなってるんじゃ・・って思うと、メールするのが怖いやら、悪いやらってへんな気を使ってしまって。
逢いに行きたくっても連休がなかったり、お金がなかったりすると躊躇している自分がいて・・・今ごろになって、なんで逢いに行かなかったんやろって後悔したって遅いのにね。(涙)

あっちゃんは本当に充実した人生だっただろうなって思います。
もっとやりたいことはあったとは思うけど、生ききったって感じがします。
私たちもそんな人生が送れるように頑張りましょう!!
  1. 2011/06/27(Mon) 12:48:24 |
  2. URL |
  3. のの #-
  4. [ 編集 ]

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